これはいったい?
どつぼにはまって、毎日ご飯を届けにいっているパッチ親子、
先日、いつものようにご飯を持っていったのですが、
そしたら目の前に、この砂漠生活では
ものすごく見慣れない配色のもの発見。

なんだ、なんだ?と近寄ってみたんですが、

物事、近寄ってみればなんだかわかるって
もんでもないことを知る。

近寄ると、そろそろっと遠ざかるけど、
慌てて逃げるわけでもなく、どーやら飛べるわけでもなく、
おそらくメオトと思われるこの二羽は、優雅に遠くへと
歩いて行きました。

飛べないのなら、どこからかトコトコ歩いて来たと
思われるんですが、開いていた門から二羽で揃って
入って来た姿を想像するとちょっと笑える。
割と人慣れしている様子だったので、ご近所さん(?)から
抜け出して来たといったところか。
で、猫にご飯を届けてからヤギ達の所で
時間をすごしていると、なにやらわらわらと
ヤギたちが落ち着かないので、そちらを見たら、

ぐるっと廻って戻って来たのっ?
羽根広げて、威嚇か?挨拶か?

その後、二羽で仲良く、ラクダ見学。

動物も人もこの日の朝は「なんだ、なんだ?」と
珍客に目が釘付け。
途中出会った職人さんに、
羽根広げてご挨拶しながら通過。

パッチの仔、「えーちゃん」(と名付けてみた、
そして、当然もう一匹の仔は「びーちゃん」)に
遭遇しても、やはりご挨拶かかさず通過。

自由に歩き回る御二羽さま。

しつこい報道陣みたいに着いて歩いた私、
ものすごく赤いなーと思って見ていたんですが、


職人さんが餌をあげたらよく食べて、
ふーん、人慣れしてるんだねやっぱりなどと思いながら
よく見たら、

白くなってるよっ
青だけ残って、顔色悪く見えるんですけど。
見難いですが、二羽揃って白くなってます。
その後しばらくしたら、また赤に戻ってきてましたけど。

この謎の多い珍客はそーとーここが気に入ったらしく
しばし滞在していましたが、昨日辺りから姿が見えず、
また仲良く二羽で移動していったもよう。
<追記>
持ち主が探していた事が判明して、職人さんが
捕まえて返したんだとか。
ここから2キロほど離れたところにある
牧場から来た事がわかったんですが、
2キロっていったって、まっすぐな道じゃないし、
途中色々あるし、家もあるし、牧場も畑もあるし、
そこを通ってテクテク二羽で仲良く歩いて、
ここに辿り着いて、さらに門から入った姿を
想像するとそーとーおかしいんですが、
その持ち主さんは、相方さまのおじさんで、
そこからここまで他に親戚の家はありません。
親戚訪問しにきたんだろうか・・・。
出どこはわかったけれど、
謎を残したままの珍客なのでした。

本日の「イイトコロドリイチキジ」は、
日本(民衆)の底力。
(「イチ」じゃないですが)
*****************
ソースはこちら、nakamukaeさんのついっぷるフォト
(って、こういうツールって、色々あるんだなぁ)

この広い世界、いったいどれだけの国がこれだけ早い
再生能力を持っているのだろうと思います。
******************
ソースはこちら
かつて、大漁を祝う漁師や好景気に沸く製鉄マンでにぎわった岩手県釜石市で、「最後の現役芸者」と言われる伊藤艶子(舞踊名・藤間千雅乃<ちかの>)さん(84)が、津波で家を失った。「(過去に)3度の津波や戦時中の艦砲射撃も経験したけど、こんな恐ろしい思いは初めて」。70年以上まちの盛衰を見つめ続けた伊藤さんが、あの日を振り返った。
地震が起きたのは、お座敷に向かうため釜石市中心部の自宅で白足袋をはいていた時だった。慌てて飛び出すと、近所の男性が避難場所の体育館までおぶってくれた。周りの人たちはさらに高台に逃げていく。自力で上る自信はなく、「ここで皆とさよなら。それでいい」とまで覚悟した。
体育館までの道のりは、1933年の昭和三陸津波で、母親に背負われて逃げた時と同じ。当時は自宅は無事だった。「うちまで津波が来たら釜石は全滅。来ないと思っていたのに」。今回の津波は、その家までのみ込んだ。
12歳で踊りを習い始め、「釜石の奥座敷」と呼ばれる老舗料亭「幸楼(さいわいろう)」で修業した伊藤さん。ごひいき客や友人を大勢失った。知人2人の遺体の身元確認にも立ち会った。
芸に生きた人生の集大成として、米寿で引退披露するのが夢だったが、着物も三味線もがれきに埋もれてしまった。「応援してくれた人も津波で亡くなったの。でも負けていられねえ。米寿までまだ3年あるから必ずやりたい」
*******************
ソースはこちら。
宮城県の名産で「笹かま」と親しまれている「笹かまぼこ」の生産業者も、東日本大震災で大きな被害を受けた。生産設備が修理でき操業を再開した業者もあるが、販売ルートは絶たれ、観光客需要も激減している。そんな苦境の中で生産者たちは「笹かまぼこ文化を絶やすな」と気力を振り絞っている。(城野祟)
笹かま発祥の地とも言われる名取市閖上(ゆりあげ)地区の「ささ圭」では、津波で工場3棟が全壊し従業員2人が帰らぬ人に。1人も行方不明のままで、佐々木圭亮社長(59)は「今後を考えると、悪い想像ばかり浮かんだ」。地震から10日後の3月21日、従業員を集めていったん全員解雇を伝えた。「もう廃業しかない」という思いだった。
だが数日後、石巻市の同業者の同級生の電話に、頭を殴られたような衝撃を受けた。「『石巻はみんなで再建する。復興しなくちゃだめになるぞ』と言われた。おれたちも負けられないと思った」
奮起して解雇は撤回。従業員に「もう1度ゼロからやりたい。待っていてくれるか」と話すと「やりましょう」と返ってきた。
泥の中から工場の重要書類を拾い集めて再起の準備を進めた。得意先からの「再開したらまた取引させてほしい」との連絡が励みになった。佐々木社長は力を込めて「どのくらいかかるか分からない。だけど、またおいしいかまぼこを届けたい」。
仙台市の「鐘崎」では工場が浸水をまぬがれ従業員は全員無事だった。3月28日には地震による配管損壊などの修繕が完了し、一部商品で生産を再開した。だが、生産量は例年の5%以下。同社の庄子健一常務(43)は「現時点ではギフト需要も観光需要もまったくない。生産できても売れない」と弱り顔だ。
同社では1日に例年より多い新入社員17人を迎え入れた。同社社長室の嘉藤明美さん(47)は「新入社員を自宅待機させることも検討したが、みんなで前に進むために迎え入れた」と話す。庄子常務も「これまで応援してくれた地域の人々と一緒に復興したい」。操業再開後の笹かま“第1号”を近隣の避難所に運んだという。
仙台蒲鉾(かまぼこ)協同組合の佐藤武事務局長(65)は「“かまぼこ王国”といわれる宮城の底力を見せたい」と決意を示す。
********************
ソースはこちら。
テレビの震災報道で、東京電力の福島第1原子力発電所を、30キロ以上離れて撮影しているNHKカメラが存在感を発揮している。テレビ中継車が現場に近づけない状況が続くなか、放水の様子や煙などをとらえ、緊迫する原発の現況を視聴者に伝えている。
NHKによると、映像はヘリコプター外部に取り付けられたハイビジョンカメラ(幅40センチ、高さ56センチ、重さ約47キロ)で、上空から撮影。最大84倍ズームで、ヘリの揺れを吸収する防振装置をカメラ上部に搭載し、「30キロ先でも固定して撮影したような映像が届けられる」という。さらにデジタル処理を施し、モヤがかかったような映像を鮮明にしている。
カメラは映像機器などを扱う池上通信機製(レンズは富士フイルム製)、防振装置は電子機器などを手がける日本航空電子工業製だ。
NHKは、福島第1原発から5~6キロ地点に無人カメラを観測用として設置していたが、震災で電力がストップ。自家発電に切り替えて撮影を続けたものの、燃料切れで運用不能になった。さらに原発周辺に避難指示が出たことから、中継車による撮影は困難と判断し、3月12日からヘリによる撮影を始めた。
NHKによれば、同カメラはこれまで、主に事件事故の取材に用いられ、上空からピンポイントで現場を撮影する際などに役立てられてきたという。
********************
ソースはこちら。
電力復旧のめどが立っていない岩手県大船渡市周辺地区の避難所で、相模原市の光学部品製造「相光技研」(本田義広社長)が贈った移動式の太陽光発電機が活躍している。
同社は3月18日、碁石コミュニティセンターと後ノ入公民館の2カ所に発電機を設置した。宇宙航空研究開発機構の関係施設がある縁から「銀河連邦」として大船渡市と交流を続けてきた相模原市から依頼を受けて、無償で協力した。
発電機は一辺約1メートルの立方体で、1メートル四方の太陽光パネル5枚を広げて使う。大容量のバッテリーを搭載し、電圧100ボルト、電流30アンペアで10時間、出力できる。
テレビや掃除機を動かすのに使っている同センターのリーダー役、及川宗夫さん(60)は「自家発電機は燃料をたくさん消費するため、あまり長く使用できない。これは大変助かる」と喜ぶ。
同社は「約1年前に開発した時は『電力は大災害でも2、3日で復旧するから使えない製品だ』と評判が悪かった。現在、利用されているのは被災地にある2台のみで、役立ててもらえてありがたい」としている。
******************
被害にあっても、前へ進もうとしている人たちがいます。
おがわじゅりさん
えにしホースパークさん
直接被害があったわけではない私が
意気消沈してなんかいられない。
でも同時に、まだ前を向く事を考えることすらできない
環境にある人たちのことを忘れてはいけない。
先日、いつものようにご飯を持っていったのですが、
そしたら目の前に、この砂漠生活では
ものすごく見慣れない配色のもの発見。

なんだ、なんだ?と近寄ってみたんですが、

物事、近寄ってみればなんだかわかるって
もんでもないことを知る。

近寄ると、そろそろっと遠ざかるけど、
慌てて逃げるわけでもなく、どーやら飛べるわけでもなく、
おそらくメオトと思われるこの二羽は、優雅に遠くへと
歩いて行きました。

飛べないのなら、どこからかトコトコ歩いて来たと
思われるんですが、開いていた門から二羽で揃って
入って来た姿を想像するとちょっと笑える。
割と人慣れしている様子だったので、ご近所さん(?)から
抜け出して来たといったところか。
で、猫にご飯を届けてからヤギ達の所で
時間をすごしていると、なにやらわらわらと
ヤギたちが落ち着かないので、そちらを見たら、

ぐるっと廻って戻って来たのっ?
羽根広げて、威嚇か?挨拶か?

その後、二羽で仲良く、ラクダ見学。

動物も人もこの日の朝は「なんだ、なんだ?」と
珍客に目が釘付け。
途中出会った職人さんに、
羽根広げてご挨拶しながら通過。

パッチの仔、「えーちゃん」(と名付けてみた、
そして、当然もう一匹の仔は「びーちゃん」)に
遭遇しても、やはりご挨拶かかさず通過。

自由に歩き回る御二羽さま。

しつこい報道陣みたいに着いて歩いた私、
ものすごく赤いなーと思って見ていたんですが、


職人さんが餌をあげたらよく食べて、
ふーん、人慣れしてるんだねやっぱりなどと思いながら
よく見たら、

白くなってるよっ
青だけ残って、顔色悪く見えるんですけど。
見難いですが、二羽揃って白くなってます。
その後しばらくしたら、また赤に戻ってきてましたけど。

この謎の多い珍客はそーとーここが気に入ったらしく
しばし滞在していましたが、昨日辺りから姿が見えず、
また仲良く二羽で移動していったもよう。
<追記>
持ち主が探していた事が判明して、職人さんが
捕まえて返したんだとか。
ここから2キロほど離れたところにある
牧場から来た事がわかったんですが、
2キロっていったって、まっすぐな道じゃないし、
途中色々あるし、家もあるし、牧場も畑もあるし、
そこを通ってテクテク二羽で仲良く歩いて、
ここに辿り着いて、さらに門から入った姿を
想像するとそーとーおかしいんですが、
その持ち主さんは、相方さまのおじさんで、
そこからここまで他に親戚の家はありません。
親戚訪問しにきたんだろうか・・・。
出どこはわかったけれど、
謎を残したままの珍客なのでした。

本日の「イイトコロドリイチキジ」は、
日本(民衆)の底力。
(「イチ」じゃないですが)
*****************
ソースはこちら、nakamukaeさんのついっぷるフォト
(って、こういうツールって、色々あるんだなぁ)

この広い世界、いったいどれだけの国がこれだけ早い
再生能力を持っているのだろうと思います。
******************
ソースはこちら
かつて、大漁を祝う漁師や好景気に沸く製鉄マンでにぎわった岩手県釜石市で、「最後の現役芸者」と言われる伊藤艶子(舞踊名・藤間千雅乃<ちかの>)さん(84)が、津波で家を失った。「(過去に)3度の津波や戦時中の艦砲射撃も経験したけど、こんな恐ろしい思いは初めて」。70年以上まちの盛衰を見つめ続けた伊藤さんが、あの日を振り返った。
地震が起きたのは、お座敷に向かうため釜石市中心部の自宅で白足袋をはいていた時だった。慌てて飛び出すと、近所の男性が避難場所の体育館までおぶってくれた。周りの人たちはさらに高台に逃げていく。自力で上る自信はなく、「ここで皆とさよなら。それでいい」とまで覚悟した。
体育館までの道のりは、1933年の昭和三陸津波で、母親に背負われて逃げた時と同じ。当時は自宅は無事だった。「うちまで津波が来たら釜石は全滅。来ないと思っていたのに」。今回の津波は、その家までのみ込んだ。
12歳で踊りを習い始め、「釜石の奥座敷」と呼ばれる老舗料亭「幸楼(さいわいろう)」で修業した伊藤さん。ごひいき客や友人を大勢失った。知人2人の遺体の身元確認にも立ち会った。
芸に生きた人生の集大成として、米寿で引退披露するのが夢だったが、着物も三味線もがれきに埋もれてしまった。「応援してくれた人も津波で亡くなったの。でも負けていられねえ。米寿までまだ3年あるから必ずやりたい」
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ソースはこちら。
宮城県の名産で「笹かま」と親しまれている「笹かまぼこ」の生産業者も、東日本大震災で大きな被害を受けた。生産設備が修理でき操業を再開した業者もあるが、販売ルートは絶たれ、観光客需要も激減している。そんな苦境の中で生産者たちは「笹かまぼこ文化を絶やすな」と気力を振り絞っている。(城野祟)
笹かま発祥の地とも言われる名取市閖上(ゆりあげ)地区の「ささ圭」では、津波で工場3棟が全壊し従業員2人が帰らぬ人に。1人も行方不明のままで、佐々木圭亮社長(59)は「今後を考えると、悪い想像ばかり浮かんだ」。地震から10日後の3月21日、従業員を集めていったん全員解雇を伝えた。「もう廃業しかない」という思いだった。
だが数日後、石巻市の同業者の同級生の電話に、頭を殴られたような衝撃を受けた。「『石巻はみんなで再建する。復興しなくちゃだめになるぞ』と言われた。おれたちも負けられないと思った」
奮起して解雇は撤回。従業員に「もう1度ゼロからやりたい。待っていてくれるか」と話すと「やりましょう」と返ってきた。
泥の中から工場の重要書類を拾い集めて再起の準備を進めた。得意先からの「再開したらまた取引させてほしい」との連絡が励みになった。佐々木社長は力を込めて「どのくらいかかるか分からない。だけど、またおいしいかまぼこを届けたい」。
仙台市の「鐘崎」では工場が浸水をまぬがれ従業員は全員無事だった。3月28日には地震による配管損壊などの修繕が完了し、一部商品で生産を再開した。だが、生産量は例年の5%以下。同社の庄子健一常務(43)は「現時点ではギフト需要も観光需要もまったくない。生産できても売れない」と弱り顔だ。
同社では1日に例年より多い新入社員17人を迎え入れた。同社社長室の嘉藤明美さん(47)は「新入社員を自宅待機させることも検討したが、みんなで前に進むために迎え入れた」と話す。庄子常務も「これまで応援してくれた地域の人々と一緒に復興したい」。操業再開後の笹かま“第1号”を近隣の避難所に運んだという。
仙台蒲鉾(かまぼこ)協同組合の佐藤武事務局長(65)は「“かまぼこ王国”といわれる宮城の底力を見せたい」と決意を示す。
********************
ソースはこちら。
テレビの震災報道で、東京電力の福島第1原子力発電所を、30キロ以上離れて撮影しているNHKカメラが存在感を発揮している。テレビ中継車が現場に近づけない状況が続くなか、放水の様子や煙などをとらえ、緊迫する原発の現況を視聴者に伝えている。
NHKによると、映像はヘリコプター外部に取り付けられたハイビジョンカメラ(幅40センチ、高さ56センチ、重さ約47キロ)で、上空から撮影。最大84倍ズームで、ヘリの揺れを吸収する防振装置をカメラ上部に搭載し、「30キロ先でも固定して撮影したような映像が届けられる」という。さらにデジタル処理を施し、モヤがかかったような映像を鮮明にしている。
カメラは映像機器などを扱う池上通信機製(レンズは富士フイルム製)、防振装置は電子機器などを手がける日本航空電子工業製だ。
NHKは、福島第1原発から5~6キロ地点に無人カメラを観測用として設置していたが、震災で電力がストップ。自家発電に切り替えて撮影を続けたものの、燃料切れで運用不能になった。さらに原発周辺に避難指示が出たことから、中継車による撮影は困難と判断し、3月12日からヘリによる撮影を始めた。
NHKによれば、同カメラはこれまで、主に事件事故の取材に用いられ、上空からピンポイントで現場を撮影する際などに役立てられてきたという。
********************
ソースはこちら。
電力復旧のめどが立っていない岩手県大船渡市周辺地区の避難所で、相模原市の光学部品製造「相光技研」(本田義広社長)が贈った移動式の太陽光発電機が活躍している。
同社は3月18日、碁石コミュニティセンターと後ノ入公民館の2カ所に発電機を設置した。宇宙航空研究開発機構の関係施設がある縁から「銀河連邦」として大船渡市と交流を続けてきた相模原市から依頼を受けて、無償で協力した。
発電機は一辺約1メートルの立方体で、1メートル四方の太陽光パネル5枚を広げて使う。大容量のバッテリーを搭載し、電圧100ボルト、電流30アンペアで10時間、出力できる。
テレビや掃除機を動かすのに使っている同センターのリーダー役、及川宗夫さん(60)は「自家発電機は燃料をたくさん消費するため、あまり長く使用できない。これは大変助かる」と喜ぶ。
同社は「約1年前に開発した時は『電力は大災害でも2、3日で復旧するから使えない製品だ』と評判が悪かった。現在、利用されているのは被災地にある2台のみで、役立ててもらえてありがたい」としている。
******************
被害にあっても、前へ進もうとしている人たちがいます。
おがわじゅりさん
えにしホースパークさん
直接被害があったわけではない私が
意気消沈してなんかいられない。
でも同時に、まだ前を向く事を考えることすらできない
環境にある人たちのことを忘れてはいけない。
by hanamomoact
| 2011-04-06 14:17
| 鳥

UAEでの生活。家族はガゼル・犬・鳩・馬・猫・ラクダ・牛・山羊・・・+オットの相方さま。
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本館など。
はなももの目線から
サーメル(一家)のひとりごと。
(ももの別館)
****************
毎回、うわ~と感激しながら読んでいます。
トルコ子育て生活
がっつり読み応えあります。
・ドバイ日和
・イスラマ日和
・カフェ★イスラマバード
日本画家のお友達。
彼女の包み込まれるような絵がとても好きです。
竹林柚宇子website
ドイツの
溢れる美しさの写真、
深い思い、
ぜひ本館もご一読を。
黒い森の白いくまさん
やさしさと夢が
いっぱいつまった
お友達のイラストレーター
Ukacoさんのサイト
カタールに住むTakeC
さんの真剣に真摯に
生きる姿勢とそれを映す
魅力的な写真の数々
遊牧民的人生
理科の先生の、
好奇心探究心がたくさん
詰まってます。
Go! Joppari
世界中のどこにいても
どんな些細なことにも
感謝と感激、
幸せでいっぱい。
世界のあっちこっちで・暮らし中の小さな幸せ♪
お馬さんへの愛に笑ったり、ほろっときたり、勉強になったり。馬たちのイラストが愛しいほどにかわいい。
おがわじゅりの馬房
肩に力がはいってしんどい時は、ニュージーランドで馬に囲まれて生活する不二子さんのブログを訪ねたくなります。
ニュージーランド馬物語
だんなさまと二人、猫・犬・山羊の家族と伴に夢に向かって進む姿は、着実で、自然で、そして穏やかにエネルギッシュ。
山と海とつながっていくこころ
とにかくその目で確かめてみてください。お友達の動物彫刻家「はしもとみお」さんのサイト。ブログもあります。
はしもとみおホームページ
沢山の愛しい動物達とNYの山の中、絵本の中で生活しているみたいなNahokoさん。
まきばの詩ーFarm Nature Love-
たいへん美人さんの白ねこレイアさんと表情がなんともかわいい黒ねこルークくん。ふたりの性格がよーくわかる写真がとても好き。陰陽マークの完成が待ち通しい。
しろねこくろねこ
色も模様もとても魅力的なトルコの装飾タイル。それをトルコのイスタンブルで制作している日本の方がいたとは。素敵な作品の数々、タイルの知識、トルコの魅力、イロイロ満載です。
-イスタンブル発-トルコタイル通信
どの写真も「こんな風に撮れたらなぁ」って憧れです。
さぬき写真工房
手にとると、ただかわいいだけじゃない、丁寧に思いがいっぱいつめられていることがわかります。
needle work glimmer
≪動物園チーム(勝手に命名)≫
動物への深い深い愛が
ぎっしりつまってます。
動物園でお散歩
どの写真も動物の魅力
120%!
rio's story
牛はちょっとトラウマがあるけれど、馬はじめ、鳥、犬、動物・動物園が大好きなぱるさん。
Zoo~っと行こう♪
サーメル(一家)のひとりごと。
(ももの別館)
****************
毎回、うわ~と感激しながら読んでいます。
トルコ子育て生活
がっつり読み応えあります。
・ドバイ日和
・イスラマ日和
・カフェ★イスラマバード
日本画家のお友達。
彼女の包み込まれるような絵がとても好きです。
竹林柚宇子website
ドイツの
溢れる美しさの写真、
深い思い、
ぜひ本館もご一読を。
黒い森の白いくまさん
やさしさと夢が
いっぱいつまった
お友達のイラストレーター
Ukacoさんのサイト
カタールに住むTakeC
さんの真剣に真摯に
生きる姿勢とそれを映す
魅力的な写真の数々
遊牧民的人生
理科の先生の、
好奇心探究心がたくさん
詰まってます。
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世界中のどこにいても
どんな些細なことにも
感謝と感激、
幸せでいっぱい。
世界のあっちこっちで・暮らし中の小さな幸せ♪
お馬さんへの愛に笑ったり、ほろっときたり、勉強になったり。馬たちのイラストが愛しいほどにかわいい。
おがわじゅりの馬房
肩に力がはいってしんどい時は、ニュージーランドで馬に囲まれて生活する不二子さんのブログを訪ねたくなります。
ニュージーランド馬物語
だんなさまと二人、猫・犬・山羊の家族と伴に夢に向かって進む姿は、着実で、自然で、そして穏やかにエネルギッシュ。
山と海とつながっていくこころ
とにかくその目で確かめてみてください。お友達の動物彫刻家「はしもとみお」さんのサイト。ブログもあります。
はしもとみおホームページ
沢山の愛しい動物達とNYの山の中、絵本の中で生活しているみたいなNahokoさん。
まきばの詩ーFarm Nature Love-
たいへん美人さんの白ねこレイアさんと表情がなんともかわいい黒ねこルークくん。ふたりの性格がよーくわかる写真がとても好き。陰陽マークの完成が待ち通しい。
しろねこくろねこ
色も模様もとても魅力的なトルコの装飾タイル。それをトルコのイスタンブルで制作している日本の方がいたとは。素敵な作品の数々、タイルの知識、トルコの魅力、イロイロ満載です。
-イスタンブル発-トルコタイル通信
どの写真も「こんな風に撮れたらなぁ」って憧れです。
さぬき写真工房
手にとると、ただかわいいだけじゃない、丁寧に思いがいっぱいつめられていることがわかります。
needle work glimmer
≪動物園チーム(勝手に命名)≫
動物への深い深い愛が
ぎっしりつまってます。
動物園でお散歩
どの写真も動物の魅力
120%!
rio's story
牛はちょっとトラウマがあるけれど、馬はじめ、鳥、犬、動物・動物園が大好きなぱるさん。
Zoo~っと行こう♪
